清教学園中・高等学校は、大阪府河内長野市にある 1952 年に開校された私立中高一貫共学校です。国公立大学への進学を中心に、毎年高い進学実績を上げており、2015年からSGH(スーパーグローバルハイスクール)アソシエイト校に認定されています。
今回は、最近耳にすることの多くなった「eポートフォリオ」を学校全体で取り入れて実践されているということで、取材させていただきました。eポートフォリオシステムのこと、学びを下支えするための学校の取り組みのことなど、お話を伺いました。
【目次】
0.ポートフォリオへの取り組み
1.eポートフォリオ導入の経緯
2.利用実態
3.1年生 情報の授業見学
4.キャリアプランニングとeポートフォリオとの関わり
5.清教学園図書館「リブラリア」の取り組み
6.まとめ
【お話をうかがった先生】
特任教諭 田邊 則彦 先生(写真)
図書館司書 総合学習・情報科授業支援 山﨑 勇気 先生
「eポートフォリオ」。大学入試改革の動きとあわせて、ここ数年で耳にする機会が増えた言葉ではないでしょうか。教育におけるポートフォリオとは、生徒の日々の授業や活動で作成したレポートや作文、試験、取得した資格や検定、制作した作品…など、さまざまな場面での学びのプロセスや成果の記録を指します。「eポートフォリオ」とは、その記録がデジタル化されたもの、つまり「学びのデジタルデータ」と言えるものです。
なかでも文部科学省 大学入学者選抜改革推進委託事業(主体性等分野)で構築・運営する「JAPAN e-Portfolio」は、平成30年度(平成31年度入試)より、「学びのデータ」を志望大学(利用表明をしている大学)への出願時に利用することができるとされ、最近特に注目を集めていますが、清教学園の「eポートフォリオ」は、検定試験や資格取得の記録を留めておくだけでなく、授業と連動して学びを深め・拡げる大きな役割を担っています。
清教学園校・高等学校では、㈱NSD社が提供するeポートフォリオシステム「まなBOX」を導入し、教科学習や進路指導などさまざまな場面でeポートフォリオを活用されています。「まなBOX」上では、反転授業、フィールドワーク、相互評価、振り返りなど、さまざまな学びの記録をeポートフォリオとして蓄積することができます。eポートフォリオでは、過去の学習や活動をデジタルデータで管理することができますから、自身のeポートフォリオをふり返ることで、「ショーケースポートフォリオ」としてGood Work や Best Workだけを集めてセレクションとして作り出すことがでるのです。この「ショーケースポートフォリオ」は、まさに学びの成果であり、大学出願などへの提出資料としても活用することが可能です。今日は、eポートフォリオシステムを活用した学びの様子についてお伺いしていきたいと思います。
1.eポートフォリオシステム導入の経緯
――本日はよろしくお願いいたします。
田邊先生:よろしくお願いします。
――eポートフォリオシステムの導入についてですが、そもそものきっかけのお話を聞かせていただけますでしょうか。
田邊先生: 1992年に開校した前任校では、開校準備段階からチームに参加しカリキュラム作りに取り組んできました。その中で、生徒が学んできたことやそのプロセスを整理しながら残しておきたいな、と考えるようになりました。そのためには、「ポートフォリオ」ですよね。「ポートフォリオ」と言えば、当時はファイルにまとめていく紙媒体のポートフォリオが、「総合的な学習」のなかで広まっていて、小学校ではしきりに行なわれていた時代でした。これをデジタルでできればな、と思ったのです。提案したのですが、「これが役に立つかどうかは、ちょっとわからんな」って言われて。ショックでした (笑)。
――まだ早かったのですね。
田邊先生:それで56歳の時に選択定年でその学校を飛び出しました。関西大学が高槻市に作ったミューズキャンパス(小学校・中学校・高校・大学・大学院を一つの建物の中に入れたキャンパス)の開校準備室にお世話になって、初等部と高等部に籍を置きながら、関西大学の外国語学部のコマを持ちつつ、eポートフォリオの実験的な試みを始めました。
ちょうどそのころ、日本オラクル社㈱から「eポートフォリオ」についての話があったんです。オーストラリアで、eポートフォリオのシステムとして「Oracle Student Learning System」いうのが構築されているとのことで、それを日本で使ってみませんかという話でした。早速導入したんですが、オーストラリアの教育システムと日本の教育システムの違いなどいろいろあってうまくいきませんでした。
――その時のフラストレーションがその後に生きているということですね。
田邊先生:その後定年を迎え本校に移りましたが、6年かけて作ってきた「まなBOX」の基になる思想的な部分は、実はオラクルのシステムが大変参考になっているんですよ。データベースがうまく運用、動くためにはデータベースの設計するのが非常に重要ですから、銀行の受託ソフトを開発していたNSDというところにお願いをして開発をしてきたという経緯です。ICTのネックは「わずらわしい」「わからない」と言われること。そのハードルを低くしたい。機能を豊富にするのも一つのアプローチではありますが、機能については、あえて極力簡単にしました。
――いま徐々に目指すところに近づいているということでしょうか。
田邊先生:大分近づきましたね。ありがたいことにJAPAN e-portfolioがeポートフォリオという名前を広めてくれたので、後押しになっています。
2.利用実態
――実際に、日々の学習の中でどのようにeポートフォリオシステムを活用しているのでしょうか。
田邊先生:まず、LMS(Learning Management System)と連動した形でeポートフォリオを運用している、というところが一番大きいです。ですから、教科学習・教科外学習含めて、すべての学びを子どもたちがどこまで頑張ってるか、どんなふうに頑張ってるかというのが記録として残っていきながら、そのプロセスと成果物、そして評価、それがいつでも参照できるデータベースを構築しています。
例えば、書写とか絵画、子どもたちが例えば美術の時間に作った作品は、完成して後の評価が終わったら、「家に持って帰りなさい」と言われて、いずれは押入れの奥深くに眠ってしまうか、処分されるかになると思うんですよね。
――デジタルだとそこは大丈夫になりますね。
田邊先生:散逸することなく、きちんと記録として残すことができるというメリットは大きいと思うんですよね。 もしeポートフォリオを使ってないとすれば、自分がPCで出力したレポートは、どこかのファイルに挟んで残っているかもしれないし、手書きで作ったレポートも、返却されたものがどこかの引き出しにしまってあるかもしれない。「あのレポートは、先生返却してくれなかったよなぁ。」ということもあるだろうし、大きな絵を描いたけれぞ学校の展示スペースに飾ってある、ということもあるかもしれない。そのように、自分の作品が、手元にない、あるいは手元にあっても探し出すのは大変なわけですよね。でも、eポートフォリオはそれらのデータを蓄積することができるものですから、ここにさえあればいつでも取り出すことができます。これはメリット大きいです。さらに、検索機能がついていて、いつでも検索できるのも便利なのです。
その他、体育の授業などではも結構使いますね。マラソンのタイムなど、初期、中期、最終の記録会などでタイムをいれて伸びを見たりすることができます。また、音楽では合唱の伴奏をデータ提供することで、生徒が自発的に練習することもできますよ。クラウド化されているため、家からでも海外研修先からでも記録が残せて、文書でも写真でも何でも入れておけるのです。つまり、プロセスを残せる箱、というところでしょうか。これが「学びのプラットフォーム」として学びを下支えしくれるのです。eポートフォリオは教育向けに開発されたデータベースなので、そこに何を入れるかはカリキュラム次第です。
――なるほど。では御校に導入のときのエピソードを聞かせていただけますか。
田邊先生:導入にあたり、「こういう機能があれば先生は楽」というものは全部加えましたね。それから、e-ポートフォリオをうまく回すために、周辺機器も整えました。例えば、これは生徒の手書きの提出物ですが、ここに学籍番号が書いてあります。この用紙に記入した手書きレポートを、新たに導入した複合機に通せば、学籍番号を読みとり、自動で各生徒の「まなBOX」に振り分けられ、蓄積されます。これが先生の手間を大きく省き、アナログの学習成果物をeポートフォリオに取り込むのに役立っています。
導入後2年目は、1年目のカリキュラムを取り込み、新たに新しい教材を加えたり不要なものは削除して、より良い授業をデザインするのに役立てていきま。3年目はさらに反省を加えたことで、カリキュラムが整ってきます。学年がかわり、引き継ぐ作業も簡単です。学校全体でカリキュラム。マネジメントががうまく回っていくようになります。eポートフォリオは先生方にとっては、「教えのポートフォリオ」として機能するのです。
――実際にはどのように利用されているのですか?
山崎先生:先日、高校1年生の授業で、生徒に「e ポートフォリオまなBOXにプロジェクトの振り返りを入れときなさい」って伝えたところ、「書き方わからへん、入れ方わからへん、A4一枚にどんなふうに自分の学びの計画とプロセスをまとめていくかわからない」という質問があがってきたんですよ。そこで、ワークシートの形で、「なぜこれをやろうと思ったのか」「やっていった段階で先生からどんなアドバイスを受けたか」「アドバイスをうけてどのように作り変えたか」「結果、どうなったか」といった、生徒が書き込めるようなプリントにして渡していきましたね。
――なるほど。そのように段階分けしてまとめていく、という流れは小論文を書くときの作業と同じですね。生徒さんは、一度そのノウハウを教えてもらっておけば、自然にやっていけるようなるものなのでしょうか。
田邊先生:例えば新しく入ってきた生徒たちに、「先輩たちはこんなショートケースポートフォリオを作ったよ」と見せてやる。さらに、「このショーケースポートフォリオを作るには、eポートフォリオの中に蓄積していったものをうまく再構成して、それをまとめたんだよ」と話をするだけでもう十分だろうと思いますよね。その中で、自分がどんなふうに成長したかっていうのが、まなBOXに残ってるよっていうふうに話すだけで、子どもたちはイメージがすぐにできると思いますね。
――「ショーケースポートフォリオ」の話が出ましたが、別の先生から、生徒さんは学期の終わりなどに1時間(1コマ)で「ショーケースポートフォリオ」で作ってしまう、とのお話をいただき驚きました。
田邊先生:やはりeポートフォリオはショーケースをまとめられるところまでやらなければ意味がないと思ってやってきましたのでね。ただ単に、「こんなことをやりました」と羅列するだけで終わってしまってはいけない。eポートフォリオに蓄積されていくデータのなかには、実はゴミのようなデータも沢山あるんです。その中から子ども自身が精選してきて再構成するっていう仕掛けを提供しなければ、eポートフォリオの本来的な意味は発揮できないんですよね。自分なりに再構成してちゃんとアピールする素材使えるところまでにするには、繰り返しショーケースポートフォリオを作ってそれを人に見てもらうということの繰り返しが必要です。
――eポートフォリオシステムによって先生方に変化はありましたか。
田邊先生:先生にとっては「教えのポートフォリオ」になっていますから、「次の単元ではこうしよう」など授業改善につながったり、よい授業のアイディアを別の先生と共有したりすることができます。先生方は、せっかくよい授業実践を行っても、自分だけの引き出しにしまいこんでしまいがちですから、そういう文化を変えることができたとも言えます。それはすごく大きな変化だと思います。しまい込まずにオープンにするのが当たり前になってきた。先生・生徒とのやり取りの中でも、「先生、あのデータをまなBOXに置いておいて」と言われるようになっています。
――授業にも変化が出ている、ということですね。
田邊先生:そうですね。学習者を中心とし、「いま学ぶべきことは何なのか」ということを生徒自身がちゃんと捉えていけるような授業をめざしたいのです。そういう意味でeポートフォリオは非常に重要な役割を果たしています。
もちろん、全員の先生がeポートフォリオを取り入れているかと言うと決してそうではありません。部分的に使っていらっしゃる先生も含めると7割から8割でしょうか。従来型の授業で成果を出されている先生もいらっしゃいます。従来型の授業も、それはそれなりに良さがあると思います。生徒たちから見ると、この先生は教科書中心の学びが、この先生は別の授業展開があるというかたちでとらえているんじゃないかなと思います。
3.1年生 情報の授業見学
1年生のプログラミングの授業を見せていただきました。
――これはどういった授業なのでしょうか。
田邊先生:「Scratch」という教育用プログラミング言語を用いた授業です。ゲームのひな形を提供して、もっと面白くする工夫をさせています。
―ーなるほど。ゲームのキャラクターがいて、「もし●●になったら、音を出す→コスチュームが変わる」「もし××になったら、ゲームオーバー…といった条件式を入力し、ゲームを作り上げていっているのですね。
田邊先生:それでこのゲームのデータ、仕様書、ゲーム画面のスクリーンショットを「まなBOX」に提出させるのです。
――ここでeポートフォリオシステムが登場するのですね。ところで、生徒さん一人ひとり持っているノートパソコンが違っていますね。カバーの色もそれぞれでシールが貼ってあったり、みんないろいろですね。
田邊先生:生徒のノートパソコンは、必要な機能を備えているものなら自由に選べ、学校指定ではないのです。入学までに用意させ、毎日持参し、家では充電してくるように言っています。
情報ご担当の先生から:(授業の終わりに生徒さんへ)「では、ここまでできているところを提出してください。家に帰った後、直したいところがあれば直して再提出してもかまいません。提出の仕方を説明しますよ。まずファイル名を変更して保存して…」
――なるほど。「まなBOX」へのアップロードの仕方を、授業内できちんと説明してもらえるのは、生徒さんにとっても安心ですね。
4. キャリアプラニングとeポートフォリオとの関わり
――eポートフォリオで学びの記録を残して、それが大学の出願に使えるという動きがあります。「入試」という出口に向けて、御校のeポートフォリオはどのように役立つのでしょうか。
田邊先生:例えば調査書のための資料を取りまとめる、あるいは志願理由書をまとめるということをするためには、材料が手元になければいけないわけですが、その材料になる素材がeポートフォリオの方に蓄積されているということになります。「自分はこの大学に行きたいから、これとこれを使って高校3年間の学びをアピールする」「自分は理系のこういうところに行きたいから、こういう実験をやったときのレポートを何枚かまとめて、自分が大学に入ったらこんなことをやりたいということをアピールする」…そういうことに使えるのが、eポートフォリオの一番大きな役割だと思うんですよ。
単に「ボランティアに行ってきました」「検定試験を受けました」「資格を取りました」といった結果が残っていくだけでは単なる覚書・備忘録にしか過ぎませんが、学びのプロセスを残すことが大切なのです。
――最近、志望理由書や志願書とeポートフォリオとの結び付け方について、学校の先生方からよく質問をいただくようにもなりました。現場では入試対応についてさまざまな心配があるようですが…。
田邊先生:現場の先生方が一番危惧されているのが、企業のエントリーシートと同じようになってしまうことだろうと思うんですね。エントリーシートの場合には、エントリーシートの書き方といった本がたくさん出ていますよね。それをコピペして提出している学生さんがたくさんいます。そんな形骸化した形でのエントリーシートと同じように、「高校生がeポートフォリオを付けましたよ」「調査書をまとめましたよ」では誰も見てくれません。大学がそれを見て、「あぁ、この子ちょっと光ってるものあるな!」というふうには見てくれないんだったら、こんなことやる必要ないと思います。そのことよりむしろ、生徒の中の学びそのものが叶ったということで、僕はよしとすべきじゃないかなと思います。大学入試に無理にくっつける必要はないんじゃないでしょうか。
――なるほど、「提出先」「入試のため」ということばかり意識しがちですが、eポートフォリオの意義はそこではないということですね。
田邊先生:普段の学びそのものですよ、大事なのは。
自分が将来どういう仕事に就きたいか、そのためには高校時代からどういうことに関心を持っていなければいけないか、そして自分が積極的にどういう学びをしてきて、どういう力をつけてきたか。それを今度はどの大学のどの研究室においてさらにブラッシュアップしていくか…というところまで考えられるようになれば素晴らしい大学生になりますし、そして4年間を過ごして主体的に学び続ける社会人になっていくことができます。
eポートフォリオシステムのような場を提供するっていうことは大事でよいことだと思いますが、「これさえやっておけば大丈夫」っていうふうに、先生や生徒たちが思い込んだら逆に怖いですよね。
――現状としてはeポートフォリオの活用として、「提出先」「入試のため」という出口ばかりクローズアップされていますよね。
田邊先生:一昨年あたりでしたら、eポートフォリオの話をしても「それって何ですか?」となって、そもそもeポートフォリオとは…という話から始めなければならなかったのですが、注目されるようになったことでその段階はパスしたかなというふうには思います。しかし、「出願のため」というところばかりに注目が集まり、その裏で先生方や子どもたちがどのように変わっていってほしいかという話にはなかなか上手くつながっていません。高大接続の流れの中で出てきたものではありますから、仕方がないのかなとは思いますけどね。
これだけ少子化の時代になり、また大学の数がこれだけあるとなると、大学進学希望者を収容人数からするとまかなえてしまうわけですよね。今は、大学に入ろうと思ったら選ばなければ入れてしまう時代ですから。大学側も、「なんだ。eポートフォリオを見ても徒労に終わっちゃったな」というような形になると、何かねじを逆に巻くような形になりそうな感じもして怖いなぁって思ってますね。しかしそうではなく、大学がeポートフォリオを上手く活用して、自分の大学に来てもらいたい学生を上手く集めることができれば、これは素晴らしい教育につながると思います。
――ところで、御校での志望理由書指導はどのようにされていらっしゃいますか。
山崎先生: AO入試で出願するので自己推薦書を添削してください、と持ってきた生徒の中には、eポートフォリオにあるものを羅列しただけで終わってしまう生徒もいましたよ。そこで、書いたものを真っ赤にして返して…ということを5回くらい繰り返し、やっと、まぁいいんじゃないってものにはなりました。eポートフォリオにできる素材作りも大事ですが、最終的に自分の言葉で語るには、普段の学びの中で自分の個性を身につけていくということですね。
田邊先生:大学が求めていることについて、定型的な書き方はあるでしょうが、そこにいかにオリジナリティをだすかということは本人次第なので。
――志望理由書として文章化するには、何度も書いて見てもらう、ということが欠かせないのですね。そのためにも、eポートフォリオで素材を集めながら、普段から個性を身につける必要があるということですね。
5.清教学園図書館「リブラリア」の取り組み
「清教学園リブラリア」は、2014年に第44回学校図書館賞を受賞された図書館です。ここにも案内していただきました。
山崎先生:ここには約60,000冊の蔵書があります。中学の総合学習では、3年生時点で平均13,000字の研究論文を書かせているのですが、生徒の書く論文のテーマを中心に、10数年かけて蔵書を構築してきました。そのため、生徒の興味関心のある本がそろっています。
――これがその研究論文ですね。どういった論文なのでしょうか。
山崎先生:フィールドワークとして、大学、医師、学校、企業などに自分でアポを取って取材に行かせています。生徒によっては、参考文献を20冊ほど提示する者もいます。論文の書き方としては、参考文献からの引用もさせますが、引用の上と下は自分の言葉でサンドイッチするように指導しています。「タイトル+導入+引用+自論展開」のパターン(これを「研究ピース」と呼んでいます)を身につけさせ、そのまとまりを20個程度集めると章立てができると指導しています。あるいは中学2年生の段階でちょっとした統計調査の授業をやっていますので、そこでの学びと連動させながら、統計を取って、それをグラフにまとめさせるということもしています。誰かがまとめた資料を使うのではなくて、自分で何かしら一次資料を作り出そう、情報を生み出そうというのが、この卒業論文のフィールドワークの目的ですね。
田邊先生:「調べっぱなし学習」に終らないようにというのが一番の希望です。その中で「アカデミックライティング」の基本をしっかりと学ばせたい。彼らが高校生、大学生になった時に、レポートを書くにはどういう約束事のもとでまとめなければならないのかということが身体に染みついている状態にさせておきたい。そうやって送り出したいなぁという願いがあります。大学に入ってからアカデミックライティングの基本を学ぶのが今の日本ですが、それを中学・高校時代に身につけさせておきたいと思っています。
――なるほど。こうした論文の評価は各教科の先生がされているのでしょうか。
田邊先生:総合的な学習の枠の中でやってますから、いわゆる総合的な学習を担当する先生方(2人)が採点しています。ただし、研究内容は複数の教科にまたがる可能性はありますね。
山崎先生:僕が指導するのは文系が多いですね。生徒としては、自分が興味や関心のあることをまとめた論文の先に、大学受験の受け皿として「eポートフォリオ」があって、もしこれを大学の先生が評価してくれたら、志望大学への入学も叶うかもしれない…という目的を持っている者ももちろんいます。AO入試をねらって自分の好きなことを究めろとは言っています。
――興味関心を持ったことが、大学入試や大学での学びにまでつながるというのはすごいですね。どのくらいのレベルの論文が出来上がるのでしょうか?
山崎先生:そうですね。生徒によっては中学生でも、十分学部生としても通用するのでは、というものは書いてきています。高校生くらいになると、スタンダードに学部生レベルにはなると思います。
田邊先生:資料の集め方、どういったメディアに接触するのがいいか、集めてきた情報をどう整理したらいいか、その中からリサーチクエスチョンをどう見出したらよいか、そのリサーチクエスチョンから解を求めていくにはどういう手立てを講じればいいか…。これらは、最初のうちは誰でも下手くそですからなかなかできません。そこをうまくアドバイスして自分で何とかやり果せる。次の段階では下手くそでもいいから自分でやってみる。段々ブラッシュアップして、一丁前の自分なりの研究スタイルになる。そういうところまでいけば、大学の4年間というのは非常に充実し、勉強もスムーズに進められ、レジャーランドにはならないと思いますよ。
――そうですね。最高のプレゼントを中学・高校時代にいただいているという感じになりますね。
山崎先生:中学でこれらの学習を経験した生徒は、高校でも有志の活動で、「ここに取材に行きたい」と自分から言いにきます。中学校の間、課題として取り組んでいた時とは違い、複数のフィールドワーク先に行って、いろいろなことを体験し、それを取り込んで論文を仕上げてきますので、かなり身についているのかなと思います。
田邊先生:中高一貫校としてそれなりに頑張ってやっているつもりではいますが、子どもたちの成長の足跡をきちんと残してやりたいという思いが強いのと、結果的にそれがより良い学習者にこう育ってくれればいいかなと思っています。
6.まとめ (今後)
――eポートフォリオの今後について聞かせていただけますか。こうしたシステムを経験して卒業された生徒さんもたくさんいらっしゃるのですよね。
田邊先生:はい。一応卒業後も見られるようにしようということで、卒業時に管理費をお預かりして、いつでも見られるようにするか、ということも考えています。どのように管理していくかというのはこれから課題になるかなと思いますね。
大学生になった卒業生が「先生、僕の書いたレポート、先生の手元にありますか?」って来るんですよ。理由を聞いたら、「いや、高校の時より易しい授業が展開されてまして、高校の時に書いたレポート、そのまま出しちゃおうかと思うんですけど」って(笑)。
――そうした使い方もあるのですね。生徒さんもなかなかうまく活用されているのですね。
田邊先生:ネットワークの環境も含めて、随分時代は変わってきていると思います。デジタルネイティブの子どもたちの教育というのをしっかりと考え、再構築をしてもいいのでは、と思いますけどね。eポートフォリオを残していくことを通して、なんとなく自分がこうなりたい、という気づきがあればよいのですが、それはこれからですね。部活動、海外研修など自分探しに起爆となるものはあっても「こうすればこうなる」というルールがあるわけではありません。自分が残してきた痕跡のなかから見つかることもあります。社会に出てからも、eポートフォリオにまとめてきたことは、有形・無形でためになると思いますよ。
――今日は、eポートフォリオシステムの意義や今後について、たくさんのことを教えていただきました。ありがとうございました。
清教学園高校では「まなBOX」に蓄積したデータを利用して、SGH向けの提出資料や、AO入試のための出願資料を作成する生徒さんもいらっしゃるそうです。蓄積したデータを運用できる生徒さんは、日々の生活で学んだことを大切に扱い、後日活用できるようきれいに保管する習慣が身につけていることが想像できます。一つの「主体的な学び」の形ではないかと思います。
また取材を通して田邊先生のeポートフォリオシステムの研究と実践からは「学習した内容を簡単に呼び出す基盤を活用して、自分に足りないこと、自分の知りたいことに気づいてほしい、そういうきっかけを増やしたい。」といった想いが感じられました。
このようにeポートフォリオシステムは、生徒さんの能動的な学びを支援し、自らゴールを設定してもらうための学習ツールとして期待できます。
大学への出願方式として注目の集まるeポートフォリオですが、生徒さんの積み重ねてきた学習のプロセスをよく見て、多面的な評価を実現する、という試みはまだ始まったばかりです。単なるデータフォルダではなく、生徒さんが悩んだり、自分の研究のゴールを設定したりするプロセスを、志望校に十分評価してもらえるシステムとなることを期待したいと思います。