静岡県立富岳館高校:学年部の協力体制で低学年から書くことへの意識付けを図る

静岡県立富岳館高等学校は、平成29年度に創立117年目を迎える伝統校です。農業専門高校としての歴史が長いのですが、平成14年から総合学科として新しいスタートを切られています。

今回は進路多様校における小論文指導の取り組み例として、2年次生の指導が終わろうとする3学期にお話を伺いました。


【目次】

1.学校紹介
2.指導のねらい ~先生間の共通認識による1年次生からの体系的小論文指導
3.年間指導計画
4.使用教材
5.年間指導の特徴 ~「とりあえず埋める」から「小論文」へ

■1年次夏・・・読書感想文で、体験の書き方を学ぶ

■1年次冬…小論文トレーニング添削課題で、自己PRの練習、「体験」の書き方・生かし方を学ぶ

■2年次夏…小論文トレーニングvol.2で、課題の要求を押さえた小論文の書き方を学ぶ

6.指導体制について ~学年部の協力体制、情報の共有化
7.生徒さんの様子
8.今後のビジョン ~「芸術点」の指導と「成功体験」の共有
9.おわりに ~進路多様校ならではの選択、図々しさで何とかなる

【お話をうかがった先生】

IMG_0031

国語科 田中 雅浩 先生
教職歴18年(本校赴任9年目)。郊外の進学校、都市部の定時制など、さまざまな学校にお勤めですが、進路課は初めてとのことです。


1.学校紹介

教育の特色は、「3年間を見通した充実したキャリア教育プログラムを展開している点」と「大学・短大・専門学校・就職と、多岐にわたる進路への対応を図ることができる点」です。とりわけ、近年、充実した進学指導の努力が実を結び、大学への進学者数や国公立大学への合格者数が増加しているようです。

田中先生:クラスは大きく『実業系』と『普通系』に分かれています。実業系は農業・商業・福祉・工業の4系列をシャッフルしたクラス編成。普通系は理系と2種類の文系に分かれていますが、クラス編成は実業系同様にシャッフル。同じクラスに文系・理系・大学進学・就職・専門学校進学の生徒が混在しています。

担任の負担は大きいですが、子どもたちはいい意味で、お互いに刺激を受け合っているようです。

農業高校としての歴史があるため、動物愛好部やフラワーアート部(華道ではなく園芸を行う)など、自然と触れ合う機会が多く用意されているのも特徴ですね。


2.指導のねらい ~先生間の共通認識による1年次生からの体系的小論文指導

――それでは、さっそくご指導のねらいからお聞きしたいと思います。進路多様校だとお聞きしておりますが、どのようなねらいがあって小論文指導を行われているのでしょうか?

田中先生:基本的には「進路対策」です。本校の進学希望者はAOや推薦が多く、学年の半数近くいる就職希望者も含め、試験で小論文や作文が出ることがほとんどです。また面接だけ、志望理由書だけという子でも、言葉で自分を表現する点は同じです。だから「どの進路の生徒も、書く力は必要だね」というのが職員間で共通認識になっています。学年が進んでからでは到底間に合わないので、1年次からある程度体系的に対策を行います。



3.年間指導計画

H27scheduleH28schedule
(↑それぞれ、クリックして拡大。一部、実際の指導内容と異なる箇所もあります)


1年生から2年生にかけて指導された実践について、計画表を見せていただきました。

田中先生:1年次は総合学科の必修科目「産業社会と人間」(以下「産社」)が週2時間あり、毎回のように外部講師や教員の話を聞いてメモをとり、感想文を書き、そのときは必ず最後の行まで埋めるように・・・ということを繰り返しやっているので、生徒たちは「とりあえず埋める」ことはできるようになっています。

――書くことへの抵抗感を自然と解消されているのが特徴的ですね。そして書いた内容をより「小論文」に近づけていくための活動をさまざまな形で行なわれているのですね。




4.使用教材

1~2年時には、下記教材を利用しています。
その他、「産社」ワークなど、校内作成資料もさまざま用意されているようです。

小論文トレーニングvol.1
⇒1年次冬季休暇課題として利用。添削課題は全員同じ「今までの学校生活の中で、最も自分を成長させた出来事」を受験。
小論文トレーニングvol.2
⇒2年次8月登校日に特別活動の時間を用いて利用。添削課題は全員同じ「高齢者が抱える問題と、住みよい社会にするための対応策」を受験。
小論文トレーニングvol.3
⇒2年次冬季休暇課題として使用。添削課題は全員同じ「優先席はあるほうがいいのか、ないほうがいいのか」を受験。

――進路多様校と伺いましたが、全員同じ課題を受験されていますよね。

田中先生:進路多様校だからこそ、全員同じ課題なんです。3年次になってから「やっぱり進学します」どころか、卒業式の数日後に「実は進学できなくなり、なんとか3月中に就職したいんです」という子がいるご時世。乱暴に聞こえるかもしれませんが、「どちら(の進路)に転んでもいいように、どちらにも必要な“基本的な書く力”を育成したい」と思っています。それに後でお話しますが、学年全体に一度に話をしたいんです。そのほうが指導効果があると思っているので。



5.年間指導の特徴 ~「とりあえず埋める」から「小論文」へ



■1年次夏…読書感想文で、体験の書き方を学ぶ

田中先生:すでにお話しましたが、1年次1学期の間に生徒たちは、「とりあえず埋める」ことはおおむねできるようになっていました。そこから本格的に「書ける」ようにする指導は1年次夏、原稿用紙5枚の読書感想文が始まりです。そのときは学校側で表紙や原稿用紙を用意し、私が作成した感想文のサンプル(実際に原稿用紙5枚分の字数で書いた感想文。こういうふうに書く、という見本になるもの)を表紙裏に印刷しておきます。全員が知っている作品ということで、入学後、最初に国語総合(4単位)で学習した随想(平成26~28年度は、よしもとばなな「珊瑚」。本文が原稿用紙3枚程度の掌編。)を読んだ、という設定で書きました。

15読書感想文課題
(↑読書感想文課題の「表紙」。留意事項を簡潔にまとめている。クリックして拡大)


田中先生:感想文のサンプルを与えると、そのまま真似してしまう心配もあります。1回ノーヒントでやらせて、失敗した後でフォローするという方法も考えられますが、なかなかその余裕はないので、最初は道筋を示してあげるのがよいと考えています。この他にも1年次夏には、「産社」で新聞スクラップを行うなど、「書く」課題を多めに設定しました。

――いろいろな場面で、書く機会をとにかくたくさん用意しているのが印象的ですね。学校生活の中で、目的意識が明確な「書く」活動をつかみ、それを取り入れているのが成果につながっているのでしょうか。

田中先生:正直なところ「結果的にそうなった」というだけです(笑)。ただ、書くことへのハードルを下げてあげたい、という思いはありました。とりあえず最後の行まで埋められる子にしたい、それが最初の目標です。

■1年次冬…小論文トレーニング添削課題で、自己PRの練習、「体験」の書き方・生かし方を学ぶ

田中先生:初めての小論文トレーニングということで、就職試験や大学の推薦入試などで大半の生徒が必要となる「自己PR文」の練習にもつながるテーマ「自分を最も成長させたと思う出来事」を全員で受験しました。添削テストに取り組む前には、必ず短時間でも課題テーマの確認を行います。まず成長したと思う出来事についての材料をたくさん挙げさせます。そしてどの順番で書けばいいか、そもそもこの小論文は何のために書くのか、などを確認させました。すると「入社・入学試験のため」という答えが返ってきます。そこで「じゃあ、その学校や会社に自分がマッチした人間だとアピールするように書かないといけないよね」ということを伝えると、生徒の目的意識が明確になっていきます。

その後「何か体験があって、その失敗から学んだことがあって、それが成長につながって・・・それを今後どう生かすの?」ということまで確認しました。体験を挙げるのは、読書感想文で「自分だったらどうか」と、体験に引き付けて当事者意識で書くことを練習したので、比較的スムーズにできました。

チャレンジノート、事前学習シートは、2学期末に国語総合の授業で配付・説明し、冬季休暇課題にしました。

田中先生:冬休み明けに、第一学習社から講師の方に来ていただき、ガイダンスを実施しました。文章表現の決まり、作文と小論文の違いといった基礎についてお話いただいた後、すぐ教室に戻って添削テストに取り組みました。大体書けたかな、とは思うのですが、筆運びが滑らかなぶん、小論文ではなく作文になってしまった生徒も多くいた印象でした。
その後、添削された答案を生徒に返す前に、私の方でざっと結果をチェックしてプリントにまとめ、振り返り活動を行いました

15トレ振り返り215トレ振り返り1
(↑振り返りシート。先輩の小論文、同時期に受験した生徒の小論文の傾向をまとめ、次回注意点を促す。クリックして拡大)


田中先生:例えば「修学旅行で班長になって、人をまとめることの難しさを学んだ・・・」という内容だったら、「どんなふうに」、「何を」学んだのか、その経験が高校生活にどう役立っているか、入社・入学後にどう生かせるか、ということまで書く必要があるはずです。そうしたことを全員で確認しました。
確認したことをもう一度意識付けさせるため、春休みは同じテーマでもう一度書くという課題を出しました。これは書かせて回収するところまで。第一さんにも添削の依頼はしていませんし、私たちも添削まではしません。しかし最後の行まで埋められていたかまでは必ずチェックし、字数が足りない子は書き直しさせます。少しでも例外を認めると、書く字数がどんどん減りそうなので。学年部の教員にも恵まれ、「添削はできないけど、チェックぐらいならするよ」と言ってもらえたこともよかったと思います。

■2年次夏…小論文トレーニングvol.2で課題の要求を押さえた小論文の書き方を学ぶ

田中先生:1年次に利用した添削課題で、原稿用紙の使い方があやふやな生徒が多かったので、2年次生になってすぐ、原稿用紙の使い方の再確認プリントをやりました。これは卒業生が書いた「就職試験の感想」を横書きにしたプリントで、それを縦書きの原稿用紙に写しなさいというものでした。文章は何でもよかったのですが、どうせなら進路に関する情報、それもインターネットなどでは知り得ない「生の声」のほうがいいかなと思って。

その後、夏に小論文トレーニングvol.2を実施しました。テーマは「高齢者が抱える問題と住みよい社会にするための対応策」。自分のことだけでなく、社会的な視点を持つ必要性も意識してもらいたいと思ったからです。1年次と同様、事前にテーマの内容を確認しました。プリントを用いて「高齢者(若者じゃないよ)にとって」の住みよい社会を挙げること、「社会的(個人的じゃないよ)な視点を持つこと」などを説明しました。

2年夏課題(チャレノのポイント)
(↑小論文トレーニング添削課題の事前学習プリント。設問の意図を小分けにして丁寧に解説している。クリックして拡大)


田中先生:夏休み課題としてチャレンジノート、事前学習シートを配付し、休み明け9月にまたガイダンスを実施し、すぐに本番のテストを実施しました。その後すぐに添削済答案を返却するはずが・・・2学期は本校初の海外修学旅行の準備に追われてしまい、返却が1月にまでずれ込んでしまったんです。でも時間を置いたぶん、生徒も私も客観的に答案に向き合えました。ただ改めて答案を見ると、「一番最初」や「高齢者の人」など、重複表現の多さが気になったので、それも振り返り活動で確認しました。

――時間がないから添削済答案は生徒さんに渡すだけで、きちんとした振り返り学習が(やりたいけど)できない、という声もよく聞きます。事前のチェックシートや事後の振り返りの時間は貴重だと思います。ただ、(ざっと、とは言え)答案のチェックや振り返りのためのプリント作成は大変ではないでしょうか?

田中先生:添削済答案は数枚だけ、本当にパラパラっと見るだけです。とても240人の答案をじっくりと読む余裕はありません。それでも数枚だけでもざっと目を通し、何ができていなかったかを確認して、それを端的に伝えるのは重要だと思います。自分のクラスや授業などで様子のわかる子たちなら、文章表現が得意な子、苦手意識のある子・・・と、ある程度目星を付けて読めますし、その学年の授業を持っていなくとも、点数の一覧を見て誰の答案を読むか決めてもいい。1枚につき1回ずつ、10~20枚読めばある程度の傾向は掴めると思います。3枚くらい読むと「今回は具体例の説得力が弱い子が多そうだから、そこに気をつけて読もう」など、自分なりの「今回の読むポイント」みたいなものができてきますね。

事前・事後指導のプリント作成も大変ですが、他の担任や年次主任も前向きに協力してくれたと感謝しています。

――担任や部活動顧問のお仕事もある中で、どうやって資料作成などの時間を作ったのでしょうか? また他にも「これが役に立った」と感じることはありますか?

田中先生:私は吹奏楽部の顧問をしています。体育会系文化部と言われる活動状況ですが、試験や補講の間は音がうるさいため合奏ができない、だから細かい隙間時間がたくさんとれる、などのラッキーな面もありました。

また私は工業高校で非常勤講師を経験し、その後、初任で田舎の進学校に行って街中の定時制に移ってから、ここに来たのですが、その結果いろいろなカラーの学校を経験できました。もしかしたらそんな経験が生きているのかもしれません。

ただ一番は、やはり多くの人の協力です。絶対に1人ではできないし、また絶対に自分の人徳ではなく、年次主任のおかげなんです(笑)。彼に「こういうことをやるのでよろしく」と言ってもらうと、自然に教員みんながついていく、という雰囲気なんです。進路課(だけ)でやれ、国語科(だけ)でやれ、ということでは無理だったと思います。学年、もっと言えば学校が動いてこそです。

――先生が作成された振り返りプリントを実際に指導に活用されるのはどの先生ですか?

田中先生:プリントは指導当日の朝、SHRで担任から「休み時間に目を通しておき、○時間目にこのプリントと筆記用具を持って視聴覚教室に来るように」という指示とともに配付してもらいます。そして生徒が集まる時間を少し借りて、私が指導しています。他の教員にやってもらうにはプリント作成段階から何度も打ち合わせをする必要があるので・・・本当はそのくらいの余裕が必要なのかもしれませんが。

振り返りは、他の行事の時間を削ってでも「15分ください」と言って行い、そのうち5分ぐらいは読ませる時間に使います。自分の答案を読み返すのが約2分、添削コメントを見るのが3分。やはり事前に読んでくる子ばかりじゃないので、読む時間は設けます。学年部の教員は、そういう協力もしてくれました。年次主任や担任・副担任に時間を確保してもらうという協力がないとできません。30分も要りませんが、15~20分は必要ですね。

進学校なら教科指導の比重が大きいかもしれませんが、うちの学校は「進路実現のためには小論文指導が必要」という共通認識があり、それが自然な協力体制につながっている、ということは言えそうです。

――そういった振り返りなどの小論文指導は、いつ行うのですか?

田中先生:1年次はほぼ「産社」を使って指導します。2年次は学年集会やSDT(本校の「総合的な学習の時間」。「Self-Development Time」の略)、学期末の特別活動・LHRの時間を少し借りました。1時間もやるのはまれです。学年集会で服装チェックなどを行う合間、せいぜい10~20分程度で答案返却や解説を行います。

このような形式にしている理由は次の3点です。

全体が集まったときに同じタイミングで説明をすると、短時間で全員にこちらの意図が伝わる。
②子どもたちは小論文が好きではないので、集中して聴けるように短い時間にしたい。
できるだけ具体的なことだけを言いたい。「もっと書く練習をしよう」ではなく、「どう書けばよかったか」「どこが悪かった」など。時間があると、教員は余計なことを言いたくなりますからね(笑)。


――3点目の、「具体的な一言」は重要ですね。はっきりされた言葉があると、心に残りそうですね。

田中先生:本校は2年次以降、HR集団で行う授業がほとんどなく、普通系は現代文でさえも系列によって単位数が異なりますし、国語表現を履修できない子も多い。また他学年部や非常勤の教員が授業を担当することも多く、横並びの文章指導が難しい状況です。そういった中で生徒に「私の授業では教えてもらえなかった」や「あの子たちだけ字数が少ないなんてずるくない?」などの不公平感を抱かせず、「何をどう書くか」をクリアに伝えるには・・・と考えると、学年全体で同じ課題のほうがいいし、そのほうが教員も具体的なアドバイスを言いやすい。それによく言うように「進路実現は団体戦」です。みんなで同じ課題を共有し、同じ方向に向かってがんばる、というのも進路多様校では重要だと思います。



6.指導体制について ~学年部の協力体制、情報の共有化

――多くの学校では国語科以外の先生に協力してもらうのが難しいようですが、学年部の先生にご協力いただいたともお聞きしました。このあたりはどのような実情だったのでしょうか。

tanaka2

田中先生:3年次になると進路課が、全職員に小論文個別指導を割り振りますが、最終的な面接や小論文の指導は、一度は担任が見ることになります。これは総合学科の限界で、結局は担任が、となってしまう。系列は学科やコースとは違うんですね。このシステム、総合学科を経験した人はわかると思うんですが、どうしても学年主導になりやすい。また「自分は理系教科の教員だから文章指導なんてできない。国語科で全部指導すべきだ」という声も少なからずあります。

とはいえ担任のスキルもさまざまなのが難しいところです。特に初めての3年次担任は大変です。初担任でなくとも複数の子の推薦入試対策と就職試験対策を同時に行うのは時間的に難しい。だから副担任や年次主任はもちろん、担任同士でも協力して志望理由書を添削したり、面接練習を行ったりしないと、とても試験までに間に合わないので、自然と協力し合っているというのが実情です。

――総合学科以外だと違うんですか?

田中先生:実業校だと専門教科の教員を中心に動いてゆくイメージがあります。また進学校の場合は教科試験などで正面突破を促すし、定時制ではそもそも進学希望者が少ないし、極論すると「文章になっていれば良し」としなければいけない場合もある。私はこの学校に来て、初めて「AO・推薦の小論文が重要」で「担任の指導が物を言う」という状況で指導をすることになり、壁にぶち当たっているところです。

――先生は指導方法の共有化、ということではどのような工夫をされているのですか?

田中先生:ありきたりですが、小論文指導で「いつ、何をやり、どんなものを配ったか」を紙媒体のファイルに綴じ、同じものをデジタルデータ化して、学校のサーバーにも保管しています。担当教員が年度途中で代わる場合もあるので、情報の引き継ぎは重要ですね。以前も前任者がいない中、転任してきた先生にいきなり小論文と土曜補講の取りまとめをやってもらうことになり、大変でした。

――引継ぎに苦労されているという先生のお話は他校でもよくお聞きします。「小論文トレーニングシリーズ」では、ご実施時にお書きいただくアンケートの情報をもとにして、「貴校の小論文取り組み状況」を紙にまとめてご提供サービスしているのですが、これも校内での情報共有にお役立ていただきたい、という思いからです。




7.生徒さんの様子

田中先生:本校は決して学力の高い生徒が集まっているわけではありません。けれど、こちらの言葉を素直に聞ける子が多い。指示されずとも学年集会には筆記用具と手帳を持ってきて、こちらが話し始めると自然とペンを持ってメモできる子も増えています。だからこちらも「ここに線を引こう」など、具体的な言い方をするように心がけています

子どもたちがこの小論文学習についてどう思っているかは、正直わかりません。ただ私たちの学年の子は不思議と冷めたところがなく、顔を上げて話を聞くとか、言われたとおりに書き込むとか、そういうことが当たり前にできるので、本当に助けられています。

あ! 小論文に全然関係ないんですが、ちょっと自慢していいですか? ある日、視聴覚教室での学年集会が時間を超過して終わったんです。私たちもいつもは「椅子をしまってから出て行きなさい」と言っているのですが、その日は「とにかく急いで教室に移動!」なんて言ってしまうほど時間がなかった。それなのに240人全員が椅子を机にしまって退室したんです。たぶん、この子たちの強みは「言われたことをきちんと守れる」ことなんだなと、そのとき思いました。だからこそ、こちらもプレッシャーですよ。この子たちの力が伸びなかったら、間違いなく教員の責任ですからね。

――様子として、文章は埋まるし、筆記用具を持ってきて、メモを取るように、先生の話は聞くようになってきているんですよね?とても素晴らしいことだと思います。

田中先生:いやあ、年次主任がえらいんだと思いますよ(笑)。ただ1年後どうなっているかはわかりません。国公立大など、本校にとっての難関志望者がきちんと受かってくれるか。ここからが勝負です。



8.今後のビジョン ~「芸術点」の指導と「成功体験」の共有


――具体的に今後の小論文指導で心配していることや、気になっていることはありますか?

田中先生:今の小論文指導が仇になるのでは・・・という心配をしています。偉そうに話してきましたが、実は進路課は今年度が初めてで何をやったらいいかわからず、とりあえず文章表現や文章構成の決まりを身に付けることに力を入れていました。しかし実際の入試では、文章を達者にするよりは「芸術点」(内容面)のほうが重要かもしれない、と最近感じます。

私は小論文の評価軸を「技術点」と「芸術点」という表現で考えています。国語で教えられる文章指導的なことは「技術点」です。しかし問題は、個々の志望先が求める専門的な知識や関心などの「芸術点」を上げるためにどういう指導ができるかです。これからは学校全体で、例えば農業や工業の教員の協力を得られるような体制作りができれば、と思っています。

また生徒はもちろん、教員も「成功体験」がないとなかなか動けません。成功体験の一例ですが、本校から「推薦入試は小論文と書類のみ、面接もなし」という国公立大に受かった生徒がいました。正直、高校での成績は今ひとつでしたが、小論文が高く評価されて合格したのです。すると彼の部活動の後輩が「自分は面接のように喋る試験はダメだけど、あそこなら先輩も行ったし、がんばれば受かるかも」と言い、実際に合格したのです。こうした「がんばればできる」という成功体験を、生徒にも教員にもさらに示せるようになるといいと思います。



9.おわりに ~進路多様校ならではの選択、図々しさで何とかなる

田中先生:私たちが第一さんを選んだのは、最初は「出張講義(ガイダンス)をやってくれるから」でした。正直に言えば、他社さんで国公立大の推薦入試や二次試験の対策が充実しているところもありますよね。でも、うちは進路多様校ですし、諸事情で生徒の進路希望もなかなか定まらない。そもそも「受験期になったら生徒が勝手に勉強し始める」という進学校とも違う。だからこそ、こちらから課題を設定し、書く力を育成したいと思っていました。そんなとき「第一さんならテーマも書きやすいものが多いし、ガイダンスをしてくれるしね」という軽いノリでお願いしたんです。でもアタリでした!

小論文指導で悩んでいるのは、進路多様校の先生が多いと思うんですが、そういう先生方は、まず書くことに慣れさせ、課題文型小論文でも志望理由書でも必要な、書く基礎力を伸ばしたいんじゃないでしょうか。実際、第一さんにお願いしてよかったのは、まさにそういう力の育成をしてくれることなんです。生徒の苦手意識を取り除くように課題も段階的に用意されているし、答案に書かれたコメントが丁寧なだけでなく、優しいんですよ。読んだ生徒が落ち込まないような配慮がされている、「ここがダメ」ではなく「こうしたほうがよい」というように。現場の教員にあれだけ丁寧に添削することは難しいので、生徒たちは赤ペンと青ペンのコメントを案外真剣に読んでいます。あとは講義に来てくださる講師のお話がわかりやすい。そもそも進学志望者にも書く基礎力は絶対に必要ですから・・・あ、すみません。なんだか宣伝みたいですね(笑)。でも本気でそう思っているから第一さんにお願いし続けているし、このインタビューもお受けしたわけで。あと自分以上に小論文指導で苦労なさっている先生も多いでしょうから、こんないい加減なオッサンでも何とかなってるんだと思っていただきたくて、今日はお話しさせてもらいました。

――では最後に、「何とかなる」ために必要なこと何だと思いますか?

田中先生:すでにお話ししましたが、まずは学年部など周囲の教員の協力。それから生徒への指示をできるだけシンプルで具体的にすること。その意味でも全員同じタイミングで同じ課題というのは有効でした。あとは学校に合った出版社さんを見つけることだと思います。とにかく小論文担当者だけで指導するのは大変なので、他の教員や出版社など、利用できるものは利用する。そういう図々しさが大事なのかもしれませんね。

――なるほど、本日は長時間にわたってのお話、どうもありがとうございました。

田中先生:こちらこそ、ありがとうございました。やっぱり今日みたいに時間があると(編集者注:当日は家庭学習日でした)話しすぎちゃいますね(笑)。

一覧へ戻る ↑