はじめまして。
第一学習社・特別顧問で、小論文講師をしている斉藤秀です。
このたび、小論Net内に、「秀(「しゅう」と読んでください)先生直伝! シリーズ 入試課題文の著者を読み解く」を開設することになりました。これから月1回のペースで、小論文入試頻出著者について、「なぜ小論文に取り上げられるのか」「どうアプローチすればいいのか」等について解説していきます。また、これから取り上げられることが多くなるだろう著者についても紹介していきたいと考えています。さらに、小論文の最新傾向とともに、小論文に取り組むために必要な力、小論文への取り組み方等についても、情報を提供していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
私は、36年間国語の教員として、11の高校と県立図書館に勤務しました。12の職場を経験した教員は滅多にいないのではないでしょうか。県下で№1といわれる進学校から、いわゆる普通科高校、工業高校、商業高校、定時制高校と様々なタイプの学校で教壇に立った経験が、大きな財産だと思っています。その間、「国語」という言葉に疑問を持ち、「日本語」を教えることにこだわり、同時に「日本人としてのものの見方、考え方」を身につけさせることに努めました。
推薦入試の拡大、AO入試の導入等、入試制度が大きく様変わりし、小論文が重要視されるようになった昭和60年頃に出会ったのが、佐藤信夫氏の『レトリックを少々』という本の中にある、「コインは長方形である……」という文章です。原文が長いので、内容を要約します。
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私たちは、コインを通常円形のものと認識している。それは、人間の視線の自然な角度から見ると、円形に見えるからである。しかし、水平方向に見ると細い長方形に見える。しかし、「コインは長方形だ」と口に出すと、異様な発言をしているように聞こえる。だが、コインを長方形と認識している場面は多くある。貯金箱の穴、駅の券売機、自動販売機のコイン投入口はみんな長方形である。つまり、「コインは円形だ。」「コインは長方形だ。」というふたつの文は、論理的かつ実証的な構成は、ほとんど等しいもので、そして、どちらも省略的で、どちらも一面的なのだ。ただ、後者の認識が前者より頻度が低いだけなのである。
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この文章は、私たちの視点がいかに一面的であるかを述べたものです。そして、「認識の一面性」の持つ危険性について述べたものです。自分の認識が有限で一面的だという意識があれば、自分の視点を変え、多様なアプローチを試みることが可能になります。柔軟な思考というのは、物事を多角的に見つめることができるということであり、そのことによって、初めてものの真の姿が見えてくるのだということを学びました。改めて、小論文を書くためには、多角的にものを見ること、その上で自分なりのものの考え方を持っていることが大切だと考えるようになりました。この本と出会ったことは、私の国語科教師としての方向性を決めた一つのターニングポイントだったと思います。
私は、小論文の大テーマは「人間」だと考えています。「人間」とは何か、「人間」としてどうあるべきかを考えることであり、「日本人」として「よりよく生きる」ためにはどうすればいいかを考えることでもあります。人間は一人では生きられない「社会的動物」であり、「よく生きる」ためにはそれを発揮できる相手が必要です。そのために、私たちが生きている社会とはどのようなものか、またどうあるべきかを考え、さまざまな人とコミュニケーションをとりながら、社会の中で生きていく自分の有り様を考えることが求められます。
しかし、現代の若者は、覚えることは得意でも、考えることは不得意です。小論文とは、当たり前のことですが、文章を書くことです。そのためには、「読む力」・「聞く力」、「考える力」、そして考えたことを「言葉にする力」が必要です。私たちは目や耳から入るものを元にして、常に何かは考えています。しかし、その考えたことをまとめて言葉にし、文章化することは簡単のようで難しいことです。それは、形のないものを形のあるものにする行為であり、大きな労力を必要とし、訓練しなければならないことだからです。この労力を面倒だと思い、すぐに「楽しかった」「悲しかった」というように、一言の形容詞で片付けてしまうことが多いのです。そのような姿勢では小論文に取り組む力は育ちません。高校生のうちに、日頃から「忍耐力」や「我慢する力」を身につけることが必要です。
日本人の価値観は、3.11東日本大震災を契機にして大きく変わりました。それにつれて、小論文で取り上げられるテーマも変化しています。文明や科学に対する批判とともに、人間論、若者論、人生論、人間関係論等がこれまで以上にクローズアップされています。前述したように、「人間」というものを改めて考えていこうという傾向を感じます。このサイトでは小論文について考えるだけでなく、みんなで「人間」について考える場にしていきたいと思っています。