第2回 内田樹(その1)

■著者紹介

 1950(昭和25)年、東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。現在、神戸女学院大学名誉教授。京都精華大学人文学部客員教授。専門はフランス現代思想。ブログ「内田樹の研究室」を拠点に武道(合気道六段)、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。

■なぜ、入試に出るのか?

 これから2回にわたって、内田樹氏について、考察していきます。

 内田氏は、入試課題文の最頻出著者の一人です。小論文入試だけではなく、現代文の入試問題においてもトップクラスです。取り上げるテーマは、武道論、教育論、格差社会論、政治論、地球環境論、グローバル化等、多方面にわたります。論考が多岐にわたり、「科学的」な手法ではとらえにくい身体性や感覚で政治論や憲法論まで扱うため、データなどの根拠に基づいた議論にはついていけないといった批判をされることもあります。しかし、自身の経験や身体感覚に根ざした発想で話を展開する中で、日本人というものをあぶり出し、日本人のあり方を啓蒙するという論考は、入試現代文としてはまさに正統派です。そして、正しい日本語の文章であること、「月刊内田樹」と言われるほど著作が多いこと、さらには、自分の書いた文章を断りなしに自由に使ってよいとしていることなどが入試問題に多く採用されている理由でもあります。

 内田氏は、「内田樹の研究室」というブログを運営しています。そして、著作の多くは、このブログのテクストを編集者がテーマ別に編集したものです。前述したように、「書くことの目的が生計を立てるものではなく、一人でも多くの人に自分の考えや感じ方を共有してもらうこと」(2009.4.9「内田樹の研究室」)との考えから、ネット上で公開した自分のテクストについて、「著作権放棄」を宣言しています。

 さて、内田氏の文章はよく「難しい」と言われます。その「難しさ」について、内田氏自身が述べていますので、少し長くなりますが引用します。

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 僕は新聞や雑誌に寄稿したときに「難しいから書き直せ」と言われた場合には「じゃあ、いいです」と言ってそれきり書かないということにしています。15年前にメディアに書き出してからずっとそうです。
 それはメディアの人たちが「難しい」というのがいったい何を基準にしているのか、僕にはわからなかったからなのです。

(中略)

僕は難しい言葉を使います。わからない言葉があったら辞書を引けばいい。ネットで検索すれば一瞬で調べがつく時代なんだから、そんなことに手間を惜しまない読者を想定して僕は書いています。

(中略)
「難しい話」を読んでもらうというのは読者に「手間暇かけてもらう」ということです。そうしてもらうためには、こちらもそれなりの手間暇をかけないといけない。
 だから、僕は何より論理的に書くことを心がけます。手に入る限り論拠をあげる。できるだけ喩え話を駆使して話をカラフルに表象する。何よりも、音読に耐えるようにリズミカルに書く。これはすごく大切なことで、リズムがいいと「勢いで読んじゃう」ということが起きます。
それを総称して『情理を尽くして書く』というふうに僕は呼んでいます。
それは「やさしく書く」ということとは違います。
 むずかしい話を「それでもわかってもらえるように書く」ということです。
この二つは全然違うことです。
 「わかってもらえるように書く」手間暇をかけることができるのは、読者の知性に対する信頼があるからです。それが読者に伝われば、僕は読者はかなり難しい話でもついてきてくれると信じています。
「内田樹の研究室」2017.1.15より)

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 内田氏自身が「僕は難しい言葉を使います」というように、内田氏の文章の難しさは、使われる言葉の難しさに起因します。特に高校生には(大人にとってもですが)なじみの薄い「カタカナ語」が多用され、その意味がわからないと内容が理解できないことがあります。「手間を惜しまない読者を想定して」と言っていますが、普段読書しているときは、すぐに調べることもできるので、問題はないのです。しかし、試験問題として出題されたときは大変です。辞書もなければ、スマートフォンでの検索もできません。ではどうするか。「語彙」を習得しておくしかありません。どれだけ言葉を知っているかと同時に、どれだけ自分の使える言葉を持っているかということです。このことは、内田氏の文章を読むときに限ったものではありません。言うまでもなく、小論文の学習に、そしてすべての学習に必要になることです。さらには、コミュニケーションを図るときにも重要な力になるものです。私は、コミュニケーションにはさまざまな力が必要だと思いますが、ベースになることは「言葉を尊重することだ」と思っています。コミュニケーションとは、インプットしたものを身体の中で咀嚼し、アウトプットすることを基本とします。インプットするとき、咀嚼するとき、アウトプットするとき、すべて言葉(日本語)を用います。普段の学習や生活の中で、日本語を習得することを心がけることです。英語を学習するとき、単語帳を持っている人はたくさんいます。中には手作りの単語帳まで作っている人がいます。しかし、日本語の単語帳を持っている人を見かけたことがほとんどありません。それでいて、単語を知っているかというと、そうでもないというのが現状です。わからない言葉が出てきたときにそのままにせず、調べる習慣を身につけることが重要なのです。その上で、読むことに慣れることです。今、圧倒的に読む力が不足しています。本や新聞を読まなくなったことが大きな原因でしょうが、効率的な学習を求めるために読みを重視しなくなったからでもあります。受験勉強のために、本を読む時間がないと言うでしょうが、まずは、身近にある教科書(国語に限らず)をじっくり読むことから始めればいいのです。その中で、わからないことをそのままにしないという習慣を身につけられれば、飛躍的に力が伸びます。また、弊社発行の「小論文キーワードファイル」や「第一小論Net」を有効に活用し、頻出キーワードについても学習するとよいでしょう。

 一方で、内田氏は「僕は何より論理的に書くことを心がけます。手に入る限り論拠をあげる。できるだけ喩え話を駆使して話をカラフルに表象する」とも述べています。「論理的であるために、根拠や具体例を挙げて述べる」という、ある意味で小論文のお手本のような文章ですが、「話をカラフル」にするために具体例や喩え話が多いのです。ということは、何のための例示かを読み取るとともに、どこが意見の部分かをしっかり識別する読み方ができるようになることが必要です。「難しい」からと避けるのではなく、できるだけ多くの内田氏の文章を読むことです。慣れてくるに従い、言葉は別として、文章の持つ「リズム」によって、意外と読みやすいと感じるようになります。それを感じる中で、どうすれば伝わる文章になるかを学び、自分が小論文を書くときのモデルにすればいいのです。

■読んでおきたい本

 内田氏の論考としてぜひ高校生に読んでおいてほしい本と、これから入試課題文として頻出することが予想される本を、1冊ずつ紹介します。どちらも、内田氏だけの論考ではなく、アンソロジーです。内田氏の考えに賛同した現代を代表する論客たちの文章を、1冊で読むことができます。機会があったらぜひ読むことをお薦めします。なお、ブログ「内田樹の研究室」では、内田氏の論考を無料で読めますので、こちらを利用することも推奨しておきます。

■高校生に薦める本


『転換期を生きるきみたちへ 中高校生に伝えておきたいたいせつなこと』
内田樹編、晶文社、2016

世の中の枠組みが大きく変化し、既存の考え方が通用しない歴史の転換期に、中高校生に向けて「これだけは伝えておきたい」という知見を集めたアンソロジー。(本の帯より)

内田氏だけでなく、鷲田清一氏、小田嶋隆氏、高橋源一郎氏等、入試課題文に頻出する著者たちが、政治について、憲法について、愛国心について、科学的態度についてなど、幅広い分野にわたり、「中高校生に伝えたいこと」を論述しています。


■これから頻出することが予想される本

『日本の反知性主義』 内田樹編、晶文社、2015

集団的自衛権の行使、特定秘密保護法、改憲へのシナリオ……あきらかに国民主権を蝕み、平和国家を危機に導く政策が、どうして支持されるのか?その底にあるのは、「反知性主義」の跋扈!政治家たちの暴走・暴言から、メディアの迷走まで、日本の言論状況、民主主義の危機を憂う気鋭の論客たちによるラディカルな分析。(本の帯より)

「それぞれの現場に毒性のつよい『反知性主義・反共用主義』がしみ込んでいることに警戒心を感じ」た内田氏が9人の論客に依頼をした、辛口の現代文明批判です。「日本人論」「知性とは何か」「グローバル化」は、入試課題文に頻出するテーマです。この中から、内田氏の文章が2016年の東大入試現代文に採用されています。

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