第5回 玄田有史

■著者紹介

 1964年、島根県生まれ。東京大学経済学部卒業後、同大学院に進学。その後、学習院大学経済学部専任講師、助教授、教授、および東京大学社会科学研究所助教授を経て、2007年より東京大学社会科学研究所教授。2002年に大阪大学より経済学の博士号を取得。
 『仕事のなかの曖昧な不安 揺れる若年の現在』(中央公論新社)、『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』(幻冬舎)、『希望のつくり方』など著書多数。

■なぜ、入試に出るのか?

 今回取り上げるのは、玄田有史氏です。
 まだ、小論文入試に取り上げられることは少ないのですが、今後頻出著者の仲間入りするのは間違いないと思っています。

 いかに閉塞した社会であろうと、若者が夢と希望を持って生きていかなければこの国の未来はありません。小論文入試では、社会の一員としての自覚と誇りを持って、将来にわたって学び続ける意欲を持っているかどうかが評価を大きく左右します。閉塞感に満ち、希望が前提でなくなった時代に、玄田氏は「希望を単なる個人の心の持ちようとして考えるのではなく、個人を取り巻く社会のありようと希望の関係に注目」(『希望のつくり方』岩波新書2010)し、若者が希望を持てる社会のありようを語っています。希望を持ち、前向きに生きるためのヒントに満ちた玄田氏の文章は、今後多くの小論文入試に採用されていくと思います。

 玄田氏はもともと経済学者であり、東京大学社会科学研究所で研究をしています。2004年に『ニート-フリーターでもなく失業者でもなく』で、日本で初めて「ニート」という用語を用いたことで知られています。玄田氏が、希望について考えるようになったきっかけを理解するために、少し歴史を振り返ってみます。

 いつの時代でも、若者のありようは「今時の若者は」と言われるように、批判的に見られます。1978年、小此木啓吾氏が『モラトリアム人間の時代』を出版した影響で、「モラトリアム」という言葉が、社会的には大人の年齢に達しているのに、大人になりたくない気分でいる若者のことや、大人になるための心理的な葛藤や乗り越えなければならないことを先延ばしにしている人、その状況のことを意味するものとして定着していきます。この文章は、高校の教科書にも採択されていたので、読んだことがある人はたくさんいると思います。

 その後、80年代後半のバブル経済時期に、アルバイトの求人が急増します。好景気だったため、高額のアルバイトも多く、就職しなくても生活していけるほどでした。当初、「フリーアルバイター」という造語が使われていましたが、アルバイト雑誌『フロムエー』の編集長が「フリーター」と省略し、定着していきます。しかし、バブル経済が崩壊するとアルバイトの賃金は落ち込むと同時に、正社員の採用さえ抑制されていきます。いわゆる就職氷河期が到来し、大学を卒業し、就職を希望してもフリーターにならざるを得ないという状況が生まれたのです。

 そうした中、1999年にイギリスで「ニート」という言葉が生まれます。その定義は、「教育を受けておらず、雇用されておらず、職業訓練も受けていないもの」というもので、16歳から18歳の非常に狭い範囲の若者に使われました。日本では、内閣府の定義では、若年無業者(学校に通学せず、独身で、収入を伴う仕事をしていない15~34歳の個人)のうち、就職したいが就職活動をしていない、または、就職したくない者を指します。

 こうした、ニートやフリーターに対して、世間では、定職に就けないのは働く意欲や基本的な能力が欠けているからだと考えられていました。しかし、玄田氏のグループが調査した結果、「中高年の雇用機会を維持するかわりとして、若者の雇用機会を奪っていると考えるのが、ずっと現実に近い」(『希望のつくり方』より)ということがわかりました。そんな若者に共通して欠けていたのが「希望」だったのです。若者を取り巻く雇用問題を研究していた玄田氏が、希望について考えるようになったのは、このようなきっかけがあったからなのです。

 さて、玄田氏は、「よく目や耳にする言葉ではあるけれど、実は意味も定義も明確でない希望。個人の内面の問題として片付けられがちな希望。だが希望は、ときに個人を超えて、よい意味にも悪い意味にも、社会を動かす力となる。とすればやはり希望は、社会の問題としての考察が、今こそ求められているのではないか。」(『希望学1 希望を語る』東京大学出版2009より)と考え、東京大学社会科学研究所の仲間とともに、希望を社会学として研究することにしました。

 そこで、まず「将来に対する希望(将来実現してほしいこと・させたいこと)があるか」について、全国の20歳以上59歳以下の人に調査をしました。「2006年1月の実施時には、78%の人が「希望がある」と答えたが、2011年1月に同じ質問を同じ年齢層に問いかけたところ、「希望がある」と回答した人の割合は70%だった。それが、2014年10月には54%にまで大きく低下した」(東京大学社会科学研究所・国立大学付属研究所・センター長会議)という結果が出ました。この数字は、諸外国と比べると際立って低いのです。2014年秋の研究グループの調査では、「米国で93%、英国で87%、オーストラリアは89%」(東京大学社会科学研究所・国立大学付属研究所・センター長会議)にのぼっており、また2015年の調査では、「ドイツ97%、中国で93%、韓国で87%が、希望がある」(同interview)と答えています。

 では、なぜ、日本では、希望がある人の割合が低いのでしょうか。玄田氏は、「人口分布の高齢シフト、無業者・低所得者の増加、高所得世帯の減少、健康状況の悪化、進学率の停滞等、選択の可能性が縮小した個人が増大していったことが、希望の持てない閉塞状況を広げていった」(『希望学1 希望を語る』東京大学出版2009より)と分析しています。

 次に、希望を定義することによって、はじめてイメージを共有して、意見をやりとりすることができると考え、次のように希望を定義します。(『希望学1 希望を語る』東京大学出版2009より)

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Hope is a wish for something to come true by action.
希望とは具体的な「何か(something)」を「行動(action)」によって「実現(come true)」しようとする「願望(wish)」である。
希望は、少なくともその四つの要因から構成されている。それらの要因のうち、少なくとも一つが欠けたとき、希望は失われることになる。
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 すなわち、「希望とは、大切な何かを行動によって実現しようとする気持ちである」ということであり、希望はこの四つの柱から成り立っていると言うのです。希望を成立させる要素が見えたことで、「人が希望を持てないのはなぜか」を考えることに、アプローチしやすくなったのです。「そもそも目標がみつかっていないのか、目標に対する気持ちが足りないのか、それとも目標を実現するための行動が欠けているのか、頑張っているのに実現しないのか……。欠けているものを満たせば希望を持っているようになりますし、希望について考えることをきっかけに、自分の人生を少しでも前に進める手がかりをつかめるのではないかと思います。」(同interview)と述べています。
 この「希望の四本柱」は、入試小論文で出題される、1つの論点です。

 それでは、玄田氏の考える希望とはどのようなものなのでしょうか。またどのような特徴があるのでしょうか。『希望のつくり方』(岩波新書2010)の中から、いくつかピックアップします。

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「人間は本来、日々の生きる困難のなかで、希望を否応なく持とうとしてしまう、もしくは希望を持たざるを得ない動物です。特に生きる苦しさにある人ほど、よりよい明日を求めてしまう。それが、人間の業であり、本性なのです。希望は、持つべきか、持たざるべきか、ではありません。困難が連続する社会のなかで、生き抜くために、どうしても求めてしまうもの。それが、希望です。」

「希望をブロッホ(ドイツの哲学者1885~1977、筆者注)は「まだない存在」と表現しました。いまだないにもかかわらず存在しているというこの表現もまた、実に矛盾しているように見えます。しかし、「まだない」からこそ求めるべき対象として、希望は確実に「存在」すると考えるのです。(中略)「実現」と「挫折」、「ない」と「ある」など、希望は一見すると相反すように思える内容を同時に含み得る存在であるところに、特徴があります。」

「無意識のうちにみたり、飽き足らない気持ちから次々に生まれるのが夢です。それに対して、希望は意識的にみたり、苦しい状況だからこそ、あえて持とうとするところに特徴があります。」

「希望がないという人の中には、希望がかなわないことのショックを避けるために、あえて希望から距離を置こうとしていることもあるようです。(中略)むしろ希望は、失望に変わったとしても、探し続けることにこそ、本当の意味があるのです。」
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 どうでしょうか。納得できる表現ばかりですよね。

 このような希望を、何が生むのでしょうか。希望を生み出す源について、大きく3つの要素があると玄田氏は言います。

 1つは、「可能性」です。様々な選択肢を持っている人ほど、希望を持ちやすい傾向にあります。その要因は、年齢、時間、健康、収入、仕事、教育等なのです。

 2つ目は、人と人との「関係性」です。希望は個人の内面だけの問題ではなく、その人を取り巻く社会のありようと深くかかわっています。他者とのかかわりを多く持っている人ほど、希望を持ちやすい傾向があります。しかし、日本社会に広がる孤独化が希望を持てない人を増やしているのです。

 3つ目は、希望の「物語性」です。「未来がどうなってほしいかを考えるためには、創造力が必要です。挫折やその克服体験など、過去から現在にかけて、自分なりの物語があるとき、その物語を手がかりに未来をどう生きるかというヒントを得ること」(『希望のつくり方』)ができます。つまり、「過去の挫折経験を豊かな言葉で省みることができ、無駄を無駄と思わない考え方や柔軟性を含んだ行動力を持った、いわば物語的な個人ほど、希望を作ること」(『希望のつくり方』)ができるのです。ということは、過去の挫折と向き合い、未来の成功に向かっていくための、自分の言葉を持つことが重要になってくるということです。

 この「希望の物語性」が、入試小論文で出題される、2つ目の論点です。

 前述したように、希望は個人の内面だけの問題ではなく、その人を取り巻く社会のありようと深く関わっています。それでは、社会全体として希望を共有することはできるのでしょうか。「それぞれが持っている希望を追求しつつも、対話を通じてお互いの希望の実現のため、希望の四本柱のうち、少なくとも一つに共通する部分をみつける。そして、共通部分を尊重しあいながら、お互いができることを責任と誇りを持って行う。その瞬間、希望は個人の次元を超え、社会のものとなっていくのです。」と、玄田氏は言います。物語性を持った人々が交わることによって、個人の希望を超えた、社会全体に共通した物語が生まれていくのです。この「社会全体としての希望」が3つ目の論点になり得ます。

 希望学の調査で訪れた、岩手県釜石市のある経営者がこんなことをつぶやいたそうです。「人生に棚からぼた餅はない。動いて体当たりして、もがいているうちになにかに突き当たるものだ」(東京大学社会科学研究所・国立大学付属研究所・センター長会議)と。

 つまり、希望は誰かに与えられるものではなく、自分の手で紡ぎ育んでいくものなのです。このことを私たちは、生徒たちに伝えていかなければいけないと考えています。


■入試での出題例

1.長崎県立大学・看護栄養学部・看護学科(2016年度・特別選抜)

【課題文の内容】出典:『希望のつくり方』

 希望という言葉は、注意して使うことによって、未来に進むための力を与えてくれることもある。
 年齢の若い人は、一般的には年齢の高い人よりも希望を持っていることが多いが、すべての若者が希望にあふれているわけでもない。その理由は、持ちたいと思っても、どうせ持てないとあきらめていることが多いからだ。
 希望がないという人も、心の奥底では、何らかの希望を求めていることが少なくない。特に、きびしい状況に直面している人ほど希望を必要としていると思う。しかし、方法を知らないために、希望づくりをあきらめている。
 希望をつくるためのヒントとして、次の英語を高校生に紹介してきた。
 Hope is a Wish for Something to Come True by Action.
 どうやら、希望は四つの柱から成り立っていることがわかってきた。

 一つは、ウィッシュ。「気持ち」とか「思い」「願い」と呼ばれるものだ。スポーツ選手が「最後は気持ちの問題。気持ちで勝つか、負けるかです」と使うときの「気持ち」のことだ。

 二つ目は、サムシング。あなたにとっての大切な「何か」ということだ。将来、こうありたい、ああなってほしいという何か具体的なことであり、重要なのは、その「何か」を見定めることだ。

 三つ目は、カム・トゥルー、「実現」である。どうすれば、実現する方向に近づいていくのか、そのため道すじとか、踏むべき段取りを考えることだ。

 四つ目は、アクション。「行動」のことだ。どんなに目標を定めて、すばらしい作戦を立てても、そのための行動をしなければ、希望をかなえることはできない。

 今、希望が持てないとか、みつからないという人がいれば、「気持ち」「何か」「実現」「行動」の四本柱のうち、どれかがまだみつかっていないのかもしれない。

●問1

 希望はどのようなものから成り立っているのか。筆者の考えを述べなさい。(100字以内)

〈解説〉

 希望は、「気持ち」「何か」「実現」「行動」の四つの柱から成り立っているとあるので、100字になるように、「気持ち」「何か」「実現」「行動」を説明する。100字しかないので、いかに要約する力があるかが、試されている。

●問2

 社会全体を脅かす出来事がおこる昨今、著者が述べている個人の『希望』だけでなく、社会全体として『希望』を共有することについてあなたはどのように考えますか。社会全体として『希望』を共有するために何が必要かを含め、あなたの考えを述べなさい。(500字以内)

〈解説〉

 このような設問の場合、「社会全体として『希望』を共有すること」が必要だ、または、重要だという立場で、論述しなければならない。
 希望は、何を望むか、どのように実現していくかということで、社会と深く結びついている。経済が停滞し、少子高齢化が進む社会が、再び元気を取り戻すためには、人々が希望を共有する必要があるのだ。そのためには、まず、一人ひとりが希望を持ち、それを追求しすること、そして、対話を通じてお互いの希望の実現のため、希望の四本柱のうち、少なくとも一つに共通する部分をみつけることが必要である。そして、その共通部分を尊重しあいながら、お互いができることを行っていくことが求められる。

■読んでおきたい本

『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』幻冬舎文庫、2006

『希望のつくり方』岩波新書、2010

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